自己紹介

幼少期から大学まで2(播磨戦記) キャリア

幼少期から大学まで2(播磨戦記)

今回は私の生まれた荻野家の由緒について書こうと思います。時は群雄が割拠する戦国時代の播磨地方です。私の先祖は昔、三木合戦のときに織田信長の重臣である羽柴秀吉と戦った播磨の有力武将、別所長治の家臣であった荻野伊三男義政と伝えられています。別所氏は南播磨地方に勢力がありましたが、織田信長の命により、羽柴…
幼少期から大学まで1(イントロ) キャリア

幼少期から大学まで1(イントロ)

日本からアメリカへ1で7年前に書いた通り、幼少期から大学卒業までの出来事について書き始めたいと思います。実は幼少期から大学卒業までの出来事については、家族や少数の友人以外の人に話したり、公式の場で書いたりするのはこれが初めてとなります。 自分の幼少期から成長期を振り返ると、さまざまな特殊な要因があり…
日本からアメリカへ13 キャリア

日本からアメリカへ13

私の仕事探しの話が続きます。今となっては自分でも忘れかけていたくらいなのですが、仕事探しをしていた頃は、私の第一の目標は病理学医師としてよい仕事をすることであり、研究者として優れた研究をすることは、そのおまけ、第二の目標という考えでいました。そう思えば、当時は病理学でも新しい分野であり、医師としての…
日本からアメリカへ12 キャリア

日本からアメリカへ12

2000年にポスドク研究員として研究を始めてからは、当然ですが研究中心の生活となりました。実験をずっとやりながら、どうやったらうまく結果が出るか考える毎日でした。 また東京大学医学系研究科大学院卒業のために卒業論文を仕上げるという作業もありました。大学院は4年休学ののちに、1998年に復学しており、…
日本からアメリカへ 11 キャリア

日本からアメリカへ 11

ポスドク研究員時代の私の主な仕事は、マイクロサテライト不安定性の原因遺伝子の一つに機能欠損がある場合、他のどの単一遺伝子の機能が細胞の生存に必須であるかを実験モデルである酵母を使って探索することでした。こういった、1つの遺伝子のみの欠損では細胞は生存できるが2つの遺伝子の機能欠損があると細胞が生存で…