幼少期から大学まで3(自主独立の住環境、ジョゼフ彦とジョン万次郎との縁)

今回は私の住んでいた実家あたりの地域についてです。私の気質・個性に与えた影響には多大なものがあると考えています。

私の祖父は三男で、ある程度の土地はもらって農業をしてましたが、祖父の長男である父が持っている土地を使って現在も続いている養鶏場を始めました。そのほかにも水田と小さい畑もあります。水田では現在も米を作ってますし、畑では長年にわたって祖父がスイカ、トマト、ナス、や他の野菜を作っていました。うちでは米を買ったことがないと思います。

戦後、高度成長期に明石市は阪神商工業都市エリアのベッドタウンとして発展しました。その過程でたくさんの水田やため池が埋め立てられ住宅地となりました。しかしながら私の実家の周りだけは、現在に至るまで市街化調整区域となっています。そのため周りに新しい住宅が建たないという特殊な地域です。私の実家は、主要鉄道幹線であるJR山陽本線の駅から東に約1 kmの距離ですが、いまだに相変わらず水田地帯の中のポツンと一軒家状態がこれまで60年以上続いています。驚くべきことに私が生まれてから現在まで、実家周りの風景があまり変わっていません。

隣の播磨町には縄文時代の竪穴住居の遺構が残る大中遺跡や兵庫県立考古博物館もあります。古代史に関連して、明石市には在野の考古学者、直良信夫が戦前に人骨を発見したとされる明石原人がいたとされています。兵庫県は遺跡数が全国―で、考古学の宝庫といわれます。

私自身は日米の懸け橋となるべく旧播磨の地、明石市で生を受けて育ったと考えています。その点について、ちょっと歴史の話のついでに脱線します。播磨出身で日米の懸け橋というとすごい先達がいました。あまり知名度が高いとはいいがたいですが、新聞の父として知られるジョゼフ彦(浜田彦蔵)は播磨国阿閇村(現兵庫県播磨町)の出身で、播磨町には記念碑もあります。ジョゼフ彦は漂流中にアメリカ商船に偶然救助され、その後1851年から1859年まで海外主にアメリカに在住して教育も受けました。アメリカでキリスト教に帰依し、そしてジョゼフという洗礼名を受けたそうです。1851-1852年あたりに写真に肖像が写り、日本人が写った肖像写真が現存する最古の例とされています。アメリカの大統領3人に面会したと記録されているそうです。幕末の当時はキリスト教禁教令が続いていますので、日本に帰るために逆にアメリカ国籍をとって、約9年ぶりに日本の土地を踏みました。記録に残っている限りでは米国籍を取った最初の日本人とされています。日本に帰ってからはアメリカで見た新聞事業の立ち上げに取り組みました。日本の近世から近代への転換期に確かな足跡を残しました。

ところで日米の懸け橋と言えば、そのほかに19世紀に渡米した日本人としてもっとも有名な一人、現在の高知県の南西部(現高土佐清水市)出身のジョン万次郎(中浜万次郎)(1841-1850年に航海含めアメリカ拠点の生活)もいます。ジョン万次郎は漂流の後に他4名の仲間と無人島で生き延びていたところを、たまたま通りかかった捕鯨船に救助されました。それからアメリカ・マサチューセッツ州フェアヘイヴンで捕鯨船の船長の家に養子同然のようになって、アメリカで教育を受け、めきめきと成長しました。彼の帰国後の日本における活躍はよく知られているところです。マサチューセッツ州フェアヘイブンには「ホイットフィールド・万次郎友好記念館 Whitfield-Manjiro Friendship House」があります。2025年にはマサチューセッツ州が、ジョン万次郎の米国上陸日(1843年)5月7日を「Japan Day」に制定しました。彼はアメリカから遠く離れた日本にいながら、船長とその家族、そして近隣住民の人たちに受けた恩をかたときも忘れることはなかったと言われています。

前述のジョゼフ彦は私と同じ播磨出身、もう一人のジョン万次郎は、これまた現在私が在住するマサチューセッツ州を米国での故郷として成長したということで、私は両者ともに少なからず縁を感じずにはいられません。

私はこの2人を近未来のNHK大河ドラマの主人公にしたら面白いドラマになるのではないかと考えまていましたが、最近、ジョン万次郎は2028年のNHK大河ドラマになったと発表がありました!。でもはっきりいってジョン万次郎1人で1年ももたせられましょうか。まだこれからジョゼフ彦も入れた2人主人公の大河になりうると思います。播磨町をはじめ近隣の播磨地方(明石、加古川、姫路、高砂、稲美、神戸市西区など)の人たち、ぜひ動いてください。

両者は直接の接点はないようですが、実は共通点が多く、ともに船乗り(ジョン万次郎は漁師)、庶民出身であり、航行中に遭難、漂流したのち、運よく生き延びて助けられ偶発的に渡米し、日本開国前の重要な時期に異国アメリカから知識や文化を持ち帰りました。両者ともに幕末から明治という時代の転換期、日本の困難な改革期において間違いなく重要な役割を果たし、日本の近代化・国際化に貢献しています。その2人の功績は十分に偉大すぎると私は考えます。2人で1つのNHK大河ドラマにすれば、兵庫県も高知県も両方盛り上がるでしょう。2人の話を並行して進めれば長丁場の大河ドラマにもメリハリができていいのではないかと思います。私も日米の懸け橋となるべく仕事をしていますので、偉大な彼ら先達の足跡を称賛するとともに参考にさせていただいています。

次回に続く

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