ワシントン出張1(NIHの大型研究費の審査)

先月末、またワシントンに出張していました。米国国立衛生研究所(NIH)の大型研究費、U54グラントの審査委員会に参加するためです。

このU54というのは、主として生物医学分野の基礎研究から応用研究(いわゆるトランスレーショナルリサーチ)を包含する拠点(センター)づくりのための研究費です。研究成果を臨床応用するためには、分野横断的な取り組みが求められるため、異なる専門家を集めた拠点が重要となります。

分かりやすい具体例を一つ挙げると、電子カルテの共有と医療情報のビッグデータの活用が挙げられます。全米の電子カルテを使って大規模集団研究をするためには、理想的には(未だその域には全く達していませんが)全米で共通のカルテシステムを導入したうえで、入力される情報(例えば病名や症状など)も標準化されたものであることが望まれます。しかしながら、臨床の仕事をされている方はよくご存知のように、アメリカでも施設間のシステムの統合ですら種々の問題があり進まず、ビッグデータ解析には大きなハードルがあります。このような問題を解決するためには、医療情報システムの専門家、現場の医師、疫学統計学の専門家など、施設や分野の壁を超えた様々なレベルの専門家の協力が必要でしょう。

U54グラントは、こうした分野を超えた専門家のチームが臨床分野で真に必要とされている問題(電子カルテに限らず、治験やバイオマーカーの選定等幅広い問題)を解決するための拠点(センター、ハブ)を形成するためのサポートを目的としています。その額は大きな例では5年で直接経費450万ドル(5億円)という大型の研究費で、錚々たる専門家のチームが応募する競争率の高い研究費のようです。

近年アメリカでは、こうしたイノベーションハブの形成というのが一つのトレンドになっています。分野の縦割りシステムでは解決できない問題を、様々な分野の専門家がチームを作って解決するというスタイルで、ベンチャー企業から大学まで幅広く採用されています。

私が所属する(MITとバーバードの)ブロード研究所もイノベーションハブの形成を目的としており、研究所内に物理的に研究室を持つ研究者はほんのわずかで、その他はハーバード大学やMITの優秀な研究者が外部から参加して特定の問題(例えば癌の予防、免疫療法の改善)の解決に必要な知見を議論しアイディアを出し合う、まだ設立して15年の比較的新しい研究所です。これについては後日また詳しく述べたいと思います。

話をU54グラントに戻すと、審査の内容は非公開ですので、詳細については書くことができませんが、異なる専門家のチームをまとめて非常によく練られた申請書を作成しなければ、良いスコアを取る事は困難です。実際に採択するかしないかの判断は我々専門家の意見を聞いた後にNIHが独自に非公開で行います。

また、今回の審査委員会では、珍しく審査員約25人中4人が日本人又は日系アメリカ人3世の方でした。だいたいこのような審査委員会で出くわすアジア系の研究者は中国系か韓国系の人が多いので、珍しく日本のプレゼンスを感じることができてとても嬉しく思いました。

今回のワシントン出張はNIHのミーティングだけでなく、米国癌学会(AACR)主催のサミット会議も兼ねていたのですが、それについては次回に書きたいと思います。

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