コロナ騒動のボストン3(緊急事態の命の選択)

アメリカでの新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。御存知の通りニューヨークでは、医療崩壊が現実のものとなり、平時には考えられないパニックが起こっています。また、ニューオーリンズなどの他の地域もニューヨークのような感染爆発が起こりつつあり、予断を許せません。

感染爆発は低所得者層が多く住む地域で顕著に起こっているようです。原因としては、喫煙率が高いこと、糖尿病や高血圧や肺気腫等の基礎疾患を持つ人の割合が高いこと、医療保険に加入できない人が多いこと、感染予防のための知識の普及が進んでいないこと等が推測されます。社会的格差の健康と病気への影響についてはハーバード大学公衆衛生学大学院の同僚で、尊敬するイチロー・カワチ教授のご専門分野であり、インタビューに答えておられましたので、興味のある方は検索してみてください。恐らく、諸外国に比べて緩い対応でも日本の感染拡大(特に死者数)のペースが遅い一因として、諸外国と比較して小さい社会経済格差、国民皆保険制度の存在、比較的高い衛生観念などが挙げられるでしょう。

昨日の4月5日時点で、ボストンのあるマサチューセッツ州の感染者も累計12500人に増加し、死者も231人になっています。日毎の死者の数は最近は減少傾向なのですが、2週間近く外出を制限している状況での数字なので、まだまだ気が抜けません。ボストン市では、本日からおよそ1ヶ月間、州の規定より更に厳しい夜間外出禁止令が発出され、原則として夜の9時から朝の6時までの外出を禁止するそうです。ボストンでコロナウイルス陽性と判定された人の45%近くが40代以下であり、活動が活発な若い人が感染を広めていること、またおよそ20%が感染しても無症状であることがわかっています。やはり、感染を拡大させないためには皆が自覚を持って外出せず、人との接触を最小限にすること、これに尽きます。数字が鈍化したからといって気を抜くと、感染はまたたく間に広がっていくからです。

ボストンには数多くの病院があり、医師も多いことが特徴です。感染者もニューヨークなどに比べて少ないので、まだ医療崩壊の域には達していない模様ですが、病院は緊急事態に備えて用意を始めています。私の医学分野の専門は病理診断学、特に癌の分子病理診断学であり、病原体の分子診断は現在のところしていませんし、患者を直接診察することはありません。しかし所属する病院からWebで研修を受けるように指示がありました。内容は、緊急事態における命の選択(トリアージ)の方法についてです。恐らくよほどの状況ではない限り、専門外の私が現場に投入されることはないと推察されますが、それでも病院としての統一した対応基準を全医師に周知することは重要です。感染拡大が起こる現場対応に追われながらも、先のことを考えて準備するスピード感などはさすがアメリカだなと思います。日本ではどの程度先を読んだ手を打っているのかよくわかりませんが、外から得られる限られた情報を見る限り、動きが遅く、読みが甘いような気もします。地震や津波や洪水がさし迫っているのと同様に考えてほしいのですが。

このトリアージについて、皆さんの参考になると思うのでどのように行うかを簡単に書いておきたいと思います。これは、15年前に主にニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナの災害を教訓として、全米医学アカデミーが作成した指針に基づく方法とのことです。一般的にはクライシス・スタンダーズ・オブ・ケアといわれます。リソースが限られている条件下での、最大多数の最大利益を目指すというのがその根本原理です。例えば呼吸器障害のある患者が多数いて人工呼吸器が足りない場合、ICUに入らねば助からない患者が多数いてICUの病床が足りない場合、最大多数の最大利益は何かということです。

具体的にはICUに入らねば助からない患者、人工呼吸器が必要な患者を一人ひとりに対して「これから回復する可能性はどの程度か、そして回復した場合この先どの程度長生きできるか」という観点で、現在の症状、検査結果、既往の基礎疾患の有無・重症度を数値化し、ポイントをつけます。同点の場合は年齢の若い方を優先します。この際、トリアージを行う人員と治療を行う人員を別にします。また、トリアージの状況と治療の結果についてもモニターして後に評価します。命の選別が恣意的に行われないようにするためです。

自分の家族がトリアージされて本来であれば受けられる治療を受けられない状況を想像してみてください。ベッドも医療者も人工呼吸器も数が限られているのです。また感染爆発や医療崩壊が起こると不幸にもICUを必要とする他の疾患(例えば、心臓発作や脳出血など)で搬送される患者にも影響が出るでしょうし、極端な場合、正常な分娩にまで影響が及ぶかもしれません。これは新型コロナウイルスだけの問題ではないのです。

日本ではようやく緊急事態宣言を出すようですが、命令はできず要請という形になるようですね。行政がなんと言ったかに関わらず、個人が責任を持って行動することを切に願います。この先どの程度の我慢を強いられるのか、わかりませんが、今我慢しなければ、どういうことが起きるかを一人ひとりが考えてみてください。

自分は健康だから大丈夫だろうという根拠のない軽率な行動が多数の死者を、多数の悲しみを生みます。あなたや、あなたの大切な人がもしトリアージされたらどう思いますか。我々ができる最善の貢献は外に出ない、他人に近づかないことです。

コメントを残す