前向きコホート内発生腫瘍バイオバンク手法(PCIBM)

先日、前向きコホート内発生腫瘍バイオバンク手法(PCIBM、Prospective Cohort Incident-tumor Biobank Method)についての旗艦論文がランセット姉妹紙Lancet Regional Health Americasに出版されました。

https://www.thelancet.com/journals/TLRHAMERICAS/article/PIIS2667-193X(25)00301-1/fulltext

マスジェネラルブリガムからプレスリリースも出されました。

https://www.massgeneralbrigham.org/en/about/newsroom/articles/long-term-pcibm-research-method-unlocks-cancer-origins

PCIBMについて、簡単に説明します。PCIBMは、生活習慣や社会・環境因子を長期間にわたって記録し、さらに血液などのバイオ検体をも含めた大規模前向きコホート研究集団を追跡中に発生した腫瘍組織の解析と分子病理疫学研究を統合した新しい概念です。

まず私が強調したいのは、我々は生まれた時から現在まで、癌のタネを持ち、育てている状態で生きているという事実です。この事実には多くの人が気づいていません。そして長年の生活習慣や他のリスク因子の影響により癌を発症します。また、残念なことに若年で発症してしまったり、複数の癌が発生してしまうケースもあります。一方で人によっては癌は一生発生しないこともあります。

これら違いはどこから来るのでしょう。運もちろんその一つの理由かもしれませんが、近年の疫学研究により、生活習慣リスク因子の関与が大きいということもわかってきました。世界中の癌のおよそ半数は、生活習慣を変えるだけで予防可能であるという推定もあります。

生活習慣を長年にわたって記録した大規模前向きコホート研究は、ますますその重要性を増していくことになるでしょう。桁違いの労力を要するために、大規模前向き集団研究は患者対照研究の数に比べると圧倒的に少ないです。以前の記事でも述べましたが、大規模前向き集団研究の費用対効果は抜群であるものの、莫大な投資が必要だからです。希少であるがゆえに、さらにその価値が過小評価されがちです。

PCIBMは、その大規模前向きコホート研究の強みに加えて、集団内に追跡中に発生した腫瘍組織の解析と統合分子病理疫学研究が可能なために、さらに病因についての深い知識をもたらすことになります。

その例としてPCIBMの旗艦論文でも取り上げたのは、アスピリンの長期服用と大腸癌発生、さらに発生した大腸癌のPTGS2陽性サブタイプ(PTGS2あるいはCOX-2、アスピリンの標的酵素)の関連を我々が発見し、ニューイングランド・ジャーナル・オヴ・メディシンに2007年に発表した例です。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa067208https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa067208

18年たった現在でも、この研究が人間集団におけるアスピリン長期服用のPTGS2陽性大腸癌発生へ及ぼす影響を評価した唯一の研究です。2007年に発表された我々の研究が現在でも最新の結果なのです。

ニューイングランド・ジャーナル・オヴ・メディシンに発表された論文には多くの研究者が注目し、だいたい数年以内に複数の追試研究が発表されるというのが普通です。我々の2007年の研究のように、注目度は高いが、誰も研究することができないということはあまりありません。

この2007年の研究から続いて、これまで我々は様々な長期リスク因子曝露と特定の大腸癌サブタイプ発生の仮説を検証した論文を30くらいの研究にまとめて発表しています。しかし、その30例全部で、長期曝露と大腸癌発生と腫瘍組織解析マーカーとのリンクは、やはり他のどのグループも前向きコホート研究での仮説検証ができないようです。これで、我々が長年取り組んできたPCIBMを使った前向き分子病理疫学研究の稀少価値がお分かりかと思います。

なぜ誰も我々のようなPCIBMを使った研究ができないのか。それは、大規模前向きコホート研究自体の桁違いの手間暇に加えて、PCIBM研究を可能とする腫瘍組織バイオバンクは、かかる手間がさらに桁違いであることです。そのためそういうバイオバンクは人類史上たいへん稀少であり、ある程度のサイズがある前向きコホート内発生腫瘍バイオバンクは、世界中を探しても30に満たないようです。これらの前向きコホート内発生腫瘍バイオバンクは人類の宝物なのです。それなのにその真価が科学界でよく知られているとは言えません。前向きコホート内発生腫瘍バイオバンク自体が稀で多くないうえに、それを有効に活用し研究しているグループが多いとはとてもいえません。ですので、私はこのPCIBMの旗艦論文を発表することによって、皆さんにその存在意義と重要性を知っていただきたいと思っています。

これは推定ですが、世界中での前向きコホート内発生腫瘍バイオバンクの数は、患者集団(あるいは患者対照研究)を使った腫瘍組織研究全体の膨大な数と比較して、1万分の1にも満たないでしょう。世界中で、研究者の努力が積み重なっていかないこういう状況があります。

我々の前向きコホート内発生腫瘍バイオバンクでは、私のラボのこれまでの研究員の方々に各々の持っている技量でいろんな貢献していただき、これまでのたいへん素晴らしい多次元のデータセットを実現できました。それにより我々のPCIBMを使った前向き分子病理疫学研究の独創性は相変わらずで、我々の仮説検証(長期的リスク因子曝露が及ぼす特定大腸癌サブタイプ発生への影響の評価)とその結果は、唯一無二の研究結果という状況が続いています。改めて、私のラボのこれまでの研究員の方々に感謝いたします。

詳細については、ぜひ旗艦論文をお読みください。

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