若年性癌増加の謎と前向きコホート内発生腫瘍バイオバンク方法(PCIBM)

若年性癌について我々の新しい総説論文がネイチャー・ヘルス(Nature Health)に掲載されました。
https://www.nature.com/articles/s44360-026-00122-0
https://rdcu.be/fhnfD (期間限定のFull PDF Version。ソーシャルメディアでの拡散自由です。)
この論文では、増加のみられる若年性癌の、臓器別の種類及び全体像について現在まで発表されている論文のデータを整理しました。また臓器をまたいで共通する性質・リスク因子と、臓器ごとの違いを考察しました。20代から40代での若年性癌の増加が社会問題として注目を集めています。この問題は今後数十年でますます大きくなり、何かしら革命的な癌予防の方法が開発でもされない限りは収束することはないでしょう。
これは2022年に我々が発表したナイチャー・レビュー・臨床癌科学(Nature Reviews Clinical Oncology)(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36068272/)の論文の内容の最新版といってもいいのですが、字数と引用論文数の制限があり、複数臓器の若年性癌の総説として書くにはたいへん厳しく、省略せざるを得なかった部分(現在の課題、研究ギャップ、困難とその根本的解決策、将来への展望など)が多いです。その部分はまた別の論文でじっくり考察したいと思っています。
この若年発症癌の増加問題に大いに関連するのが、このブログで今年始めた「幼少期から大学まで」というシリーズです。私が自身の幼少期を振り返ることにした大きな理由として、幼少期の生活習慣が我々成人の一生の健康と幸福、つまり裏を返せば不健康・疾病(それに不幸)に多大な影響をもたらしていると考えられるからです。しかしながら、未だに世間では、幼少期の生活習慣等の影響がずいぶんと過小評価されています。それらのことを一般の人々にもっと知ってもらいたい、そして発達の早い段階から子供たちにとってもっとよりよい社会環境を皆様と協力して創出したい、という思いがあります。
実際に、幼少期から、あるいは生まれる前からの曝露(要するに親の生活習慣など)が何十年後かの癌発症に関与しているという証拠がだんだんと積みあがってきています。上記の我々のネイチャー・ヘルスの論文を読んでみてください。おそらく癌だけではなくありとあらゆる病気(代謝性疾患、心臓病、糖尿病、肝臓病、腎臓病、肺疾患やそれこそ老人性痴呆なども)や健康寿命短縮の重要な要因であろうと私は考えていますが、これらを証明するのは容易なことではありません。しかしだんだんと証拠は積みあがってくるでしょう。
若年発症癌については幼少時や若年時からの長期的リスク因子曝露、癌発生と腫瘍組織の詳細な分子・細胞異常を、前向きコホート内発生腫瘍バイオバンク方法(prospective cohort incident-tumor biobank method, PCIBM)に使って統合的に分子病理疫学解析することで科学的な証拠が得られます。PCIBMについては
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41737502/ (Lancet Reg Health Am 2026)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41144114/ (Eur J Epidemiol 2025)
で詳述しています。
幼小期の重要性が増すということで、ここですこし昔の論文にも言及しておきます。私の共同研究の一環で現在UCLAの教職で活躍されている西晃弘博士が主導し11年前、2015年に発表した斬新そのものの論文(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25528613/ )があります。
この論文では人の一生の始まりから普通は何十年にも及ぶ曝露要因による種々の疾病発生への影響を調べることに加えて、疾病の分子病理学解析を統合することが病因解明には重要だと論じています。この論文は時代を先取りしすぎたせいで、出版してからほとんど顧みられることはなく、11年たった現在もなお、先進的といえましょう。幼少期から、あるいは生まれる前の曝露(要するに親の生活習慣など)が何十年後かの癌や他の多くの病気の発症にかかわっているという科学的エビデンスが積み重なれば積み重なるほど、これからこの論文の重要性は更に増していくでしょう。
癌の発生のみではなく、我々の生涯における幸福、健康、疾患、円滑な経済的社会的生活、などにおける「幼少期の生活習慣や環境の重要性」は疑いようがないのですが、残念ながら子供たちにはそれを選択する権利がありません。このことはいわゆる「親ガチャ」という言葉に端的に示されています。我々一人残らず全て親や生まれてくる社会を選べないのです。
我々成人、親や社会しか、子どもたちの幼少期の生活習慣や環境を改善することができる者はいません。「幼少期から大学まで」のブログ記事シリーズでも後にこの件を特別に取り上げます。幼少期の重要性を、現在のそしてこれからの親たち、子供たちにもっと知ってもらいたいと思っています。
世界中で増加する若年性癌研究には地道な科学的エビデンスの積み重ねが必須です。その一環として、我々は別の研究成果をちょうど昨日出版したところですので、それもここで簡単に紹介します。国立がん研究センター統合癌研究部門長で東京大学教授の鵜飼知嵩博士の主導による国際コンソーシアム研究による若年性大腸癌の論文(International Journal of Surgery)(https://journals.lww.com/international-journal-of-surgery/fulltext/9900/tumor_mutational_and_microbial_profiles_of.4896.aspx)です。
この研究では5600例以上の大腸癌分子解析データを使い、6つの大腸部位別の若年性大腸癌とそれ以外の大腸癌を精査しました。若めの症例(50未満と60未満)では腫瘍組織内のBacteroides fragilisというバクテリアの 量が盲腸癌から直腸癌に向かって少なくなる傾向があるのに対し、老人性癌にはそうした傾向が一切見られませんでした。これはこのバクテリアの大腸の場所ごとでの発癌への関与の仕方が、若年性癌と老人性癌では違うことを示唆します。このようにして様々な科学的証拠を積み重ねて、なぜ若年性大腸癌が増えているのかを重層的に考えていく必要があるわけです。