幼少期から大学まで5(行動・選択を決めるのは自分。科学への興味)

今回から私の幼少期について実際の生活について書いていきます。

父は水田地帯で周囲にはない養鶏場を始めましたが、それ自体普通の考えではなかったようです。父は結構なアイデアマンで、花束を売る自販機を購入して改造し、「明石の地たまご」と銘打って、たまごの自販機販売を始めました。

自営業の家庭にはよくあることかと思いますが、私の家庭では親の職場と家が同じ場所です。両親とも朝から夕方まで家で仕事をしていますし、土日も基本的に同じです。しかし、日中に時間に追われて特別モーレツに仕事をして、夜は疲弊しきっているというふうでは全然なく、毎日無理なく続けられる仕事という感じです。でもなければ、ほとんど休日もなく何十年も続けられません。玉子を買いに来るなど様々な来客があって、人とおしゃべりする機会も多いです。

私にとって重要だったのは、幼少期から親の仕事ぶりを見て育ったということです。それが私にはごく自然でしたが、これは日本の過半数を占めるであろうサラリーマン家庭であれば、子供が親の仕事ぶりをほとんど見ていない場合がほとんどだと思います。現在私がやってるようなコンピューター画面と向き合う時間が多い仕事なども、たとえリモートワークで家で仕事をしていても、仕事の可視化という点で、子供にとっての影響が違うかもしれません。自営業でも家と職場が違う場合もあるでしょう。こうしたことが子供の発達や、将来の進路、仕事の選択や仕事ぶりにどう影響を与えるのか、私は非常に興味があります。

両親ともに養鶏の仕事で忙しく、幼少期から私の教育については、超放任主義でした。これといったこだわりも、何もないと言っていいでしょう。私の親世代が青少年であった戦後は生まれた家によって、大学行くか行かないかが左右されていたと思われます。両親ともに農家出身であり、高校卒で大学には行ってません。学歴より仕事の結果が実社会では何より大事というのは、親から無言で学んだことと言えるでしょう。実際に学歴は単なる箔にすぎず、仕事の結果が一番重要というのは日々感じています。

というわけで両親から勉強を教わったことも、勉強しなさいといわれたことも、一度すらもないと断言できます。「勉強しなさい」と言えば、サザエさん、新オバケのQ太郎などのアニメでよく聞く、サザエや母親がカツオや正太によく言う定番の言葉ですが、私はテレビで初めて聞きました。

勉強以外にも、もっと広く言えば自分の進路、受験、人付き合い、仕事、住む場所、海外転出、結婚など、自分の人生の岐路で決めたことついて、何かを強制されたり、干渉されたりという経験がありませんし、そもそも家族に事前に相談したこともありません。これらのことは全部自分で決めました。親に伝えるときは全て自分で決めてからの事後報告でした。父親は、「ああそう。自分で決めたんなら、ちゃんとやれや」と言い、母親は「そんなことして大丈夫なんか?心配やで」とやんわりと反対することはあるものの強硬に反対するでもなく、万事が私の決めるがままでした。

自分で考え、自分で選んで、自分で行動する、自分の行動に責任を持つ、そして自分の行動の結果は自分に跳ね返ってくる。自分の行動の結果は良くても悪くても、誰のせいでもなく、自分のせい、というのはごく当たり前のことと感じていました。その点は自分はつくづく幸運で、恵まれていたのだと思います。そして仮に悪い結果が起こったとしても、過去は変えられませんので、さっさと切り替えて、自分で軌道修正して次の行動をする、ということになります。

他人と過去は変えられないが、自分の現在と未来は変えられるというのは不変の事実です。

世間では、つまり他人の家では、親からの強制や干渉が当たり前ということに成長していくうちに気づきました。ドラマとか人の話とかに、親からの強制や干渉などの場面や話題がよく出てきます。

勉強や学習については、これはもちろん日本の子供には昔も今も重大事であることに変わりはありません。しかし最初に書いたように「勉強せえ(播磨弁で)」とは一度も言われたことがないのです。それがもちろん一番ありがたいことだったと思います。

その勉強という言葉にしても、そもそもその語源「勉め強いる」というのがよくないと思います。私は生まれてから大学受験勉強に入る前までは学習が大変だったという経験をしていませんし、そういう記憶がありません。大学受験勉強はさすがにたいへんでしたが、それも自分で勝手に選んだ受験先ですし、やめたければやめればよいだけです。しんどかったのは事実ですが、全部自分の意思で、自己責任です。

そもそも勉強と銘打つことで、学習することが苦行であると初めから決めつけていませんか。楽しく学習することにこしたことはありません。日本では親が子供の幼少期からあまりにも「勉め強いて」いませんか? そのために勉強が嫌いになる人が多いことに驚かされます。勉強ではなく「楽習(がくしゅう、らくしゅう)」や「楽学(らくがく)」という言葉にしませんか。人類の歴史では本来学習や研究は、有閑階級の人が暇を持て余して、好奇心の趣くままに楽しみとして始めたことも多いのではないでしょうか。

もう一点、私が幼少期に恵まれていたと言えるのは、たくさんの学研の図鑑、それと学研の学習マンガを買いそろえてもらえて、好きなだけ読むことができたことです。特に学研の図鑑の初版がちょうど出回ったころで、ほぼ全巻を揃えてもらいました。好きな図鑑や学習マンガに囲まれて私はたいへんご満悦でした。毎日ほんとうに飽きもせずにそれらの図鑑を何度も何度も見て育ちました。内容もまだ覚えているものがたくさんあります。特に印象に残ったのが、学研の図鑑「人とからだ」です。医師・医学者・生物学者・疫学者になる素地がそこで出来上がったのかもしれません。私の科学への親しみは、幼少期からこのように確実に始まっています。

2025年1月に国立国会図書館の関西分館で、その学研の図鑑の初版「人とからだ」を何十年ぶりに読むことができたときは、幼少時の記憶がまざまざとよみがえり、ほんとうに感動しました。こんなすばらしい図鑑を作ってくれて、学習研究社(学研)にはあらためてありがとうと感謝しました。学習マンガも最近、だんだん初版をそろえていて、それを見ては童心に帰って悦に入っています。

私は科学に関していえば、図鑑に加えて学研の学習マンガからも多大な影響を受けました。マンガやアニメは今でこそ近現代日本文化の象徴といわれるものですが、当時はいわゆる教育熱心な親やPTAから、まだマンガやアニメは敵視されていました。それでも学習マンガに限っていえば、そういう頭の固い大人の敵視も少なかったと思います。

学習マンガではとくに学研まんが・ひみつシリーズを愛読しました。私が科学好きになるのにものすごく影響を与えました。それはもちろん私だけではなく、他にも影響を受けて科学者になった人が多数いることでしょう。現在、趣味で昔の初版ひみつシリーズ収集中です。我々、チビッ子科学愛好家にとってはカリスマ的存在ともいえる学習マンガ家の諸氏、内山安二氏(コロ助の科学質問箱、科学物知り百科、できるできないのひみつ)、渡辺省三氏(トン・チン・カンの科学教室、飛行機・ロケットのひみつ)、藤木輝美氏(からだのひみつ、植物のひみつ、天気100のひみつ)、しのだひでお氏(地球のひみつ、発明・発見のひみつ)、あいかわ一誠氏(宇宙のひみつ)、相田克太氏(天気100のひみつ、発明・発見のひみつ)、林夏介氏(昆虫のひみつ)、川崎てつお氏(恐竜のひみつ)、高須れいじ氏(発明・発見のひみつ)、原島サブロー氏(発明・発見のひみつ)をはじめとして学習マンガを描いてくださった漫画家作家陣の偉業を称えたいです。それは目立たないけれど日本の科学界への多大な貢献だったと確信します。隠れているが実は多大な功績について、もっと顕彰してもいいのではないでしょうか。

次に続く

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