チャンスは必ず来る!

3月5日、今日は何の日? 分子病理疫学の日。

今日は分子病理疫学(MPE)と題した最初の論文が世に出てから、ちょうど9年目の日です。

もともと私は病理科医師で、分子病理学超専門医であり、分子病理学者として研究活動をしていましたが、疫学の面白さに惹かれ、2007年よりハーバード大学公衆衛生学大学院修士課程に入学し、疫学と統計学と生物情報学の学習を始めました。

そこで、分子病理学と疫学の目的はともに病気の原因を明らかにすることだと気付き、実は両分野は相性がよく、お互いを相補い合う手法を統合したら面白そうだと考えました。これは分子病理疫学という概念の萌芽といっていいでしょう。

実は分子病理学の手法を疫学に使う研究は1990年代より行われていましたが、分子病理疫学のような独自の名前はなく、分子疫学というもっと広い(別の言葉で言えば、あいまいな)分野名のもとで行われていました。そのために大半の病理学者の目に留まることはなく、独立分野として発展することはありませんでした。実際に分子病理学の手法を使っているのに、明確な定義がないことで研究の発展を阻害していることに気づいたのです。

熟慮の結果、分子病理学と疫学とをしっかりと完全に一つに統合すれば、明確な独立分野としての存在価値が高いという結論に至りました。当時は、実際に分子病理学と疫学とは完全に一つには統合されておらず、そのために独立分野としての真価が認められていませんでした。

そこで私は2、3年かけてじっくりと分野名を吟味した結果、分子病理疫学(Molecular Pathological Epidemiology略してMPE)と命名することにしました。一つの分野名で病理学と疫学とを両方包含することで、分子病理疫学が病理学の進化形の一つでもあるし、疫学の進化形の一つでもある、ということが言えるようになります。

あとは考えをまとめながら、その発表のチャンスを待ちました。

ほどなく絶好のチャンスが2009年の12月に来ました。ハーバード大学のシニアの癌疫学者のスタンファー博士がJNCI(ジャーナル・オブ・ザ・ナショナル・キャンサー・インスティテュート)という癌分野で権威あるジャーナルから、ある研究論文のエディトリアルの執筆を依頼されたのです。その論文がキャンベル博士らによる、まさしく大腸癌の分子病理疫学タイプの研究論文でした。スタンファー博士は私にメールで一緒にエディトリアルを執筆しないかと打診してきました。もちろん私は即OKし、私が筆頭著者・連絡著者としてドラフトを書き上げますので、ごゆっくりお待ちくださいと返答しました。

これは私にとって、千載一遇のチャンスでした。しかもエディトリアルなので、その分野の一流の学者が執筆するものとして、まず高確率で採択されますし、分子病理疫学という統合分野名のデビューとしてはこれ以上ない絶好の機会となります。

それからわき目もふらずに執筆して、スタンファー博士の助言もとりいれました。

そして2010年の1月中には原稿を提出し、間もなく採択の通知が来ました!

そして、その時、2010年3月5日!ついに私の最初の分子病理疫学と題した論文が世に出たのでした!

*NHKの番組「その時、歴史が動いた」の大ファンだったので、それに倣わせて頂きました。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2841039/

これが当時のプレスリリースです。

https://academic.oup.com/jnci/article/102/6/NP/952744

そして、これは病理学と疫学の双方にとってエポックメイキングな出来事だったのは確かです。

それから2、3年は分子病理疫学という分野と私自身がいろんな批判にさらされることにもなりました。

モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラー、ショスタコーヴィッチなどの名作曲家も、彼らの超名作もたいていみんな批判にさらされてますので、批判にさらされることはいいことだと、自分に言い聞かせる時期でした。

その後の分子病理疫学の発展ぶりは予想通りとはいえ、私には望外の喜びでもあります。

9周年を迎え、分子病理疫学の10周年を記念する論文を同じジャーナルJNCIに2020年3月5日に載せるべく、現在執筆中です。

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