転ばぬ先の杖1

予防は治療に勝ると言います。みなさんもできれば癌になる前には予防を、もし癌になった後でも再発の予防を選ぶのではないでしょうか。副作用が必ずといっていいほどある癌の薬物療法はできれば避けたいはずです。

私の研究の最終的な目標は分子病理疫学(MPE)で得られた研究成果を癌治療にだけではなく癌予防に活かすことで癌による苦しみをなくす、あるいは減らすことです。

やはり世界規模の効果が大きいのは癌予防です。食生活や生活習慣の改善など長期間に渡る地道な対策が必要です。

しかし人々の注目を集めやすいのは癌予防ではなく癌治療なのが現実です。

応用的癌研究への研究費においてはなんと約90%の研究費が治療に使われていて、10%程度しか予防研究に使われません。

さらに製薬業界においては治療のための薬品開発費と薬品売買を通じて巨万の富が動きます。予防よりは治療へのフォーカスがたいへん明確です。

アメリカではとても高額の寄付が癌研究へ投じられていますが、寄付金も圧倒的に癌治療研究に行く割合が高いのです。

私も含め人類はある意味愚かで、病気にならないと健康のありがたみをわかりません。自分や自分に身近な人が癌にならないと癌研究に寄付したり、癌研究のための基金を手助けする気にもならない。

地震対策、津波対策、地すべり対策、大火事対策、なんでもそうですが、いつも大災害が起こってから対策が本格化します。

よくある話ですが、ある大富豪が癌になって、治療を受けて、平均より何か月か延命します。そういう場合に、ありがたく寄付が頂けたりします。しかし、その結果は治療の効果によるものかも定かではないが、腫瘍内科医が治療の効果の可能性が高いですとか言うと、治療のための研究に寄付しましょう、ということになります。

しかも、これらの資金や研究のためのリソースは、比較的長期生存が可能な悪性度の低い癌治療に行く割合がとても高い。それはなぜかというと、比較的長期生存が可能な悪性度の低い癌の生存者が多いからです。

癌の生存者が多いと、それらの患者をフォローするための専門の医者が多くなります。専門の医者が増えると、その医者は悪性度の低いその癌の治療のための研究費を求めます。それらの医者の弟子たちも同様に悪性度の低いその癌の治療のための研究をするようになります。さらに、大勢の悪性度の低い癌の生存者の関心と動機づけにより、寄付金の行方、研究費の行方がそれらの悪性度の低い癌の治療のための研究の促進するように行方が決まります。

しかも進行の比較的遅い癌ほど、治療へのレスポンスが悪い傾向があるために、よりよい治療への必要性が高く見えてしまいます。実はもともと癌の悪性度が比較的低く進行が遅いために治療の必要性も少ないことが多いのです。

つまりまとめると、応用的癌研究費は、世界的に最大限の効果を出すべく大局的な視野に立てば当然、

癌予防>>>>>癌治療(悪性度の高い癌)>>癌治療(悪性度が低く生存者の割合が大きい癌)

と配分されるべきなのに、残念ながら現状では、研究費の配分は逆に

癌予防<<<<<癌治療(悪性度の高い癌)<癌治療(悪性度が低く生存者の割合が大きい癌)

となっています。

死亡率の高い癌の代表は肺癌、膵臓癌で、食道癌、卵巣癌、肝臓癌も入るでしょう。これらは頻度が比較的高い割には長期生存者は少ない。悪性度が比較的低く長期生存者の割合が多い(5年あるいは10年生存率で80%以上で90%にも及んだりする)のは乳癌、皮膚癌、前立腺癌、甲状腺癌、ある種の血液新生物(例えば慢性リンパ性白血病、濾胞性リンパ腫、ホジキンリンパ腫など)などです。

これは議論があるところですが、米国では血液新生物、乳癌、皮膚癌の研究だけで、特定の癌をターゲットとした研究費全体のおそらく半分を占める勢いです。ちなみに米国での癌死亡数のトップ3は肺癌、大腸直腸癌、膵臓癌です。

もっとも、例えばこうした癌を50%予防してしまえば、当然その50%のみんな、他の死亡原因がなければ長期生存が見込めます。なにより癌そのものや癌治療からくる苦痛を経験することはありません。

私が研究することで世のため人のため、癌予防することによって存在しなくてよくなった患者から感謝をされることもありませんが、免疫分子病理疫学、微生物分子病理疫学、ゲノム分子病理疫学、を駆使して癌予防のための研究を続ける決意です。

次回に続く)

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